2006/7〜8


更新再開のお知らせ

7/5

諸々の事情により更新が空いてしまいましたがそろそろ再開していこうかと思っております。

ちなみに"モロモロ"というのを母音を替えてみますと"マラマラ""ミリミリ""ムルムル""メレメレ"" となるわけですがこのうち"ミリミリ"と"モロモロ"のみ、うんちの出る様子を表すオノマトペとして使用できるのではないでしょうか。

しかしどちらもあまり爽快な便通という感じはしない。 どのようなオノマトペをもってすれば心地よい便通を表せるのか。 "ブリッ"というのが安易に思いつきやすいところですが、いかにも短い。 鹿の糞のようです。

言葉というものに興味をお持ちの方には是非考えて欲しい問題です。次回の日記では私なりの結論が出せれば良いなと考えております。


擬音精舎の鐘の声

7/10

むーーーーぽんっ。

これが先日の問題に対する私の回答です。はじめは"にゅー"を考えたのですが、やや軟らかな感じがしてしまい快便とは言い難い。 また、これ以上に摩擦のある音にしてしまうと便秘あるいは難便感がしてしまう。 そして"ぽんっ"というのは勢いがありすぎるかなとも思うのですが私の言語センスからはこれ以上は出てきませんでした。

もちろん"むーーー"というのがオノマトペとして一般的でないことは理解しています。 省みれば先日の"モロモロ""ミリミリ"というのも一般的とは言い難い。

私は言葉の変化や新しい言葉というものについて、全てを否定するわけでも逆に全てを認めるわけでもなく、 場合場合によって柔軟に考えていこうと思っています。 その中でオノマトペというのは慣用的なものでありながら多分に感覚的な要素を含んだ言葉だと思います。 故に私は今回のようにあまり一般的ではない"むーーー"というオノマトペを、 便が肛門を通過する様子を表す擬態語として使用したわけです。

みなさんはどのような言葉で快便を表しますか?投稿待ってます。もちろん、このようなことに時間と脳みそを使うことを 無駄だと考えるかどうか、どちらがより人生を楽しんでいるのか、本当に無駄なこととは何か、いろいろ考えることは多いですよ。 あなたが堅実に積み上げてきたつもりの人生、それは本当に信頼に足るものですか?

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり


時間と記憶

7/11

全国に広がる高橋ファンの間では、先日7月6日が私の誕生日であったこと、ここ数日私が風邪で伏せっていたこと、ついでに今日が高橋パパの誕生日であることなども周知のことだと思うのですが、 世界の恋人と称される私のもとには多くのお誕生日メッセージや誕生日プレゼントが届けられた。この分で行けば来年当たりはその数が複数になるのではないかと気を揉んでいる。

今回私に届けられたプレゼントは時計。swatchと書いてあります。ぬ!聞いたことがある。これはいわゆるブランド物ですぞ!私の見たところこれは万は行きますな。

万…。考えてみれば私は今まで万を超えるプレゼントをもらったことがあっただろうか。記憶にない。本当だろうか。

今まで万を超えるプレゼントをもらったことがないってこの平成の御世、おかしくないか。これからこれが事実ではないことを思い出すよう努めますので今日の日記はこの辺で。


反論

7/12

昨日の思い出しに関してはまあ残念な結果に終わったんですが、いろいろ思い出し序でに久しぶりに過去ログを読み漁ってみたのですけど、このサイト、なかなか面白いですね。 どうしてもっと人気が出ないのか不思議です。本気で。いや本気で。

省みて過去に言われた批判を思い出してみますに次のようなものがあったと思います。

なるほどなるほど。先ほどまで私はこのサイトが面白いということを確信していたのですけれど、 こうして批判を挙げてみると俄然その確信はα崩壊いたしました。このうち改行についてはある程度意図的にやっていることなのですが、 その他の点については改善できる気がしません。人気がなくて当たり前の気がしてきました。先ほどまでの確信はどこへ消えたのか、 人間心理について今は思いを馳せています。

気をとり直して批判に対して反論してみます。

まず改行に関してですが、そもそも何が問題なのでしょうか。普通の小説なんかに比べたらこれでも改行多いぐらいですよね。 しかし縦書きと横書きの違いというのは確かにあります。この点に関しては難しい問題ですが一行の幅を狭めることによって対応しているつもりです。

言ってることがよく分からないという批判に対しては分かりやすい表現を心がけたいと思いますが、 この辺の感覚は個人差が大きいですよね。私がなんて分かりやすくて面白いんだろうと思うものを、 小難しくて分からないと言う人もいる。あまり分かりやすい表現をしてしまうと却って失われてしまうものもあるので、 不要な晦渋さ(←この辺とか)は失くす方向で。

デザインに関しては確かにその辺の感覚は劣っているという自覚があるのでもしアドバイスでもあればよろしくお願いします。

下ネタはですねえ、これは私も気にしてるとこなのですが、これを制限すると書くことほとんどなくなってしまうんですよね。

アクセス数云々については当然だと思うので気にしません。 いろんなサイトがありますがこの手のサイトに読者がいなかったら何の意味があるのでしょう。 仮にこのサイトの内容を自分の楽しみのためにノートに書いているとしたら頭おかしいでしょう。

いやどうだろう。昔普通に日記をつけていたことがあるがあれは他人の目を気にせずとも結構面白かった。 実は旅行先で失くしてしまったのだが、あれを発見して読んだ人がいるなら相当笑えたと思う。 いや、かなり気持ち悪かったかもしれない。

夢日記(ストーリー的に面白いのが多かった。夢日記を書く時点で検閲が掛かってるんだと思われる)や時に自作ポエム、ピカソ的絵画(信じられないぐらい下手)、 その日あった出来事も普通に記述するだけでなく、なぜそのような行動を採ったか精神分析的に分析している。 もし私がその日記を拾ったとしたら一日ずつブログで公開したいぐらいだ。

ではその後その種の日記はつけていないのかと言われると、日記というよりも雑記帳という形で続けているのだ。 私にとってもその内容ははっきり覚えていないためテポドン発射実験級の不安は感じさせてくれる一物である。いわゆる「死ぬ前に処理しておきたいもの」筆頭だ。

公開可と判断したものは順次公開するかも知れない。私の自己破壊衝動が高まった時それは行われるであろう。


帰途

7/13

気分転換にいつもと違う道を帰ってみようとすることがあると思う。 流行で言えばこういうのも脳を活性化させることになるのだろう。 いつもの最短距離ではなく公園などの多いわき道のの住宅街の中を行く。 慌しい大通りを行くよりも多少時間はかかっても こういう道を歩いた方が心に潤いが出ていいかもしれない。 でもそれも初めのうちだけなのかしらん。 頭の中だけで先に結論を出してしまうのは悪い癖かな。 とりあえず今日のところは脳の活性化に貢献したろうよ。

とりとめもなくそんなことを考えながら徐に歩を進めるとそこにタクシー会社があった。 何の変哲もないタクシー会社だが、建物の上部に沢山の標語がならんでいる。 その中にひとつ気になる標語があった。

するな・させるな乗車拒否

暫し黙考する。乗車拒否とはなんだろう。 無知は罪なり。 それがわからない以上私も知らず知らずのうちに乗車拒否をしてしまっているのだろうから。 運転者ではない私が乗車拒否するシチュエーションを想像して独り愉しむ。 世の中まだまだ知らないことばかりだよ。無知の知とでもいうのかしらん。

今日は随分脳を活性化してしまった。 もう少し長生きしてみるのも悪くあるまい。


命日〜Web 3.0〜

7/17

こんにちは。世界の恋人、高橋です。実は世界の恋人は他に数人いまして、それというのは私の分身なんです。 平たく言いますと私は他にもブログやらいくつかやってまして、ハンドルネームがいくつかあるんです。 考えてみると全部違うハンドルネームを使ってまして、これはきっと私の自我同一性が不確定であることを如実に物語っているのだと思います。

先日私、高橋は誕生日を迎えたわけなんですが、実は分身のうちの一人が今日命日を迎えました。 といいますのは別に今日ひとつのサイトを閉じたとかそういうメタファーではなく、 そのハンドルネームの由来である武将の命日なのです。 そういうわけで生前皆様には全くお世話になっていませんがよろしかったら冥福でも祈ってください。

さて命日があれば誕生日もあるということで、実は来月15日が生誕の日となっております。 先日お誕生日プレゼントの話などしましたが来月ももちろん受け付けております。

そうかあ、ということはすべてのハンドルネーム毎に誕生日を設定すればたくさん祝ってもらえるわけだね。 おーっ、我ながら寂しいネカマ的発想かしらと思ったのですが、ネカマは現実には出て行けない、ネット内だけでしかチヤホヤされないから寂しいわけで、 現実に誕生日プレゼントをもらおうと謀っている私とはやはり違う。 Web 2.0なんて言葉もよく聞くようになりましたが、私の場合Web上のことを現実の三次元世界に持ち込む、いわばWeb 3.0の実行者なわけです。


錯誤行為〜ちょっと疲れただけだから〜

7/18

ネッ友の日記で"パインパン"が話題になっていたのだけれど、私はそれを最後まで"パイパン"と読み間違え続けた。 もちろん文脈としておかしいので最初は"パイパン"を知らなくて何かを略したのかなとか、或いは最後に何かオチがあるのかなとか思っていたのだがそのまま終ったのでやっと気付いた次第である。 数年前、鈴木宗男議員の疑惑が話題だったころ、新聞などで"やまりん"という単語を目にする度に"やりまん"と読み違えていたのを思い出す。

だからといって「たまってるんじゃないのぉ?」などというセンスのないつっこみはやめてほしい。全くたまっていない。

この種の錯誤行為は古典的精神分析では抑圧された欲望の発現と見るのかもしれないが、 私の場合は性欲を抑圧しているつもりはない。いやいや、主観と客観は違うものだから、案外私はピューリタン的精神の持ち主なのかもしれない。

ところでこの種の錯誤行為が起き易い状態というのはやはり疲れていたり意識レベルの低い時だと思うのだが、 ここで思い起こされるのは私の母のことである。

先日も少し触れたが、私の母は左右の区別が怪しく、彼女が言うには疲れている時には100%の確立で間違えるそうである。 ある意味これは左右の区別自体は出来ているということなのかもしれないが面白い現象だと思う。

しかしそもそも私には右と左を間違えるという感覚自体が全く理解できない。 初めてそういう人間がいるということを知った時は俄かには信じられなかった。 それがこれほど身近にいたとは皮肉なものだが、そういえば最近彼女についてもうひとつ驚いたことがある。 彼女は帰宅した時に手を洗うという行為を一度もしたことがないと言う。抗菌だ除菌だうるさいこの時代になかなか男らしい。 我が家の食卓がやや心配になった。私や父が腹を下しやすいのと無関係だと思いたい。

さて左右の間違いの話に戻るが、この日記にもたびたび登場してもらっている 野口君だが、彼もキャラ通りというかやはり左右区別曖昧者の一人である。 彼の場合は疲れている時に特に多いということもないようだから、母とはまた別のタイプということになろう。 サンプルが多くなれば左右区別曖昧者の分類も進んでいくことと思われるが非常にどうでもいい。

話はぐっと戻るのだがやはり"パインパン"という名称は紛らわしいので変更したほうがいいのではないかと思う。 まずほとんどの人は一瞬は"パイパン"と読み違えるだろうし子供でも"パイパイ"あたりと間違えてもぜんぜんおかしくない。 ちゃんと"パイナップルパン"と言うべきだろう。或いはパイナップルでなく松の実のパンなのだろうか。それなら"松の実パン"にするのが普通か。

今日は本当にどうでもいいことを長々書いてしまった気がしていささか疲れました。 それではさゆうなら。ぱいぱい。(強引)


概要

7/19

しばらく前から過去ログも含めほぼ全てのページにアクセス解析をつけてみました。これは主に、滋味に富んだアクセスワードを見てほくそえむためのものなのですが (最近では"ブルセラ 真贋""blog ミノキジル ロゲイン"といったマニアなものから、"フランケンシュタイン 二面性"といった文学的なのか何なのかよく判らないものまでいろいろあるが、 残念ながらガツンと来るのはない)、その副産物としてページビューが分かるようになったんですね。 ちなみに練習ページの方に行っていただけるとグイっとページビューが増えることになるんですがそれは置いておきましてですね、 3日ぐらい前が初アクセスなのに150もページビューのある人とかいると、きっと面白いと思ってくれてるんだろうなあと嬉しいわけです。 ちょっと閲覧する側からすると気持ち悪いかなとも思うので、この解析ツールにはストーカーという名前が付いています。 いやな人はJavascriptをオフにしておくといいらしいですよ、確か。

その他このような裏方的作業としまして各ページ(全てではない)にキーワードと概要を書いてみました。 これはサイトを作ったことのない人には全くわからないと思いますので簡単に説明しますと、 検索エンジン対策としてそのページのキーワードや概要を設定しておくと検索結果が上位に来やすい…かもしれない… って程度の気休めなんですが、これを過去ログなんかを中心に書いて見ました。 WEB上のサービスを使って適切なキーワードを拾い出し、それをもとに概要を表す文を考えてみました。 始めたものの結構面倒な作業だったのでだんだん適当になってきましたが、よろしかったらソースをみて僕の苦労の跡を確認してください。 各ソースの割と初めのほうにあるkeywordsとdescriptionってのがそれです。例を挙げると2006の3-4月の概要はこんな感じです。

ナルニア国物語ではフランケンシュタイン博士をはじめ多くの変態が日常会話でり攻めを行い上村愛子や里谷多英に女犯をしている。 チーズの香りのするパンツから小便を漏らさせてキスをする。このページではそんなお茶目な忘れ物マスターたちがhtmlで5W1Hを追記する。

まあもう他のところを読む気は失せたと思いますが、こう誰も見ないところを整えていく、見えないところのオシャレっていうんですか? やっぱ本気でネゲットを狙おうってからにはこれぐらい細やかな気配りも出来るようにならないといけませんよね。


はくしょん

7/20

先日から始めた当サイトの似非ブログ化ですが、賛否両論ありつつも次第に認知され多少はコメントしていただけるようになりました。 インターが少なくなったのは寂しいんですがみなさんちゃんと使い分けてくださいね。このサイト、いろんなとこにフォームがありますから適宜よろしくお願いしますよ。

しかし一方トラックバックに関しては一件もこない。これは自分で他サイトからTBするかっつーぐらいない。あと被リンク数がブログに比べ少ない。 これはブログのエントリーごとにリンクやらTBやら出来るという点が優秀なんだと思います。

ところが当サイトも一応1エントリー毎にurlがあるんです。トップページにはないんですが過去ログのページから題名をクリックすると終わりの方に"#"のついた urlのとこに飛ぶと思う。リンク貼って言及する時便利でしょ。そんな感じでま、じゃんじゃん言及しちゃってよ。

最近ブログの方が初めてリンクされて有頂天の高橋でした。


先生

7/22

痴女に遭いたくて遭いたくて仕方のない僕なんですが未だに一度も出会えないのはどうしたわけなんですか? この世に痴漢は溢れているのに痴女の少なさには本当に絶望しそうです。 でも僕は諦めませんよ。いつか遭えるって信じてる。 他にも夢はあったんですけどね、家庭教師の先生といけないレッスンとか、 保健室の先生になんていうの?腫れてるとこの毒抜きっていうの? でもそういうのって年齢的に不可能になってしまったわけでね、 僕に残された最後の夢が痴女なんですよ。 だから痴女に遭えると信じるということは僕にとって生きると同義語なんですね。

さて前置きはこのぐらいにしてですね、話は変わりますが最近どうも憂鬱で仕方ない。 これは雨のせいもあるんでしょうかね。夜涼しいのはいいんですけどね。 まあいずれにしてもこの憂鬱ってやつはちょっとなんつうか文化的な感じしますよね。 世を儚むとかさ、憂き世なんて言葉も文化的っつうか文学的でしょ。 だから僕もこの憂鬱を文化的に利用しない手はないなと思うわけですよ。

まあ例えば小説とか書くとするじゃないですか。 主人公が物憂げな様子でため息の一つも吐くじゃないですか。 そうするとね、ほら、保健の先生とかが高橋君どうしたの? 熱でもあるの?ってまあ当然いきなりおでことおでこじゃないですか。 違うよ先生! そんなんじゃないよ! 俺…俺、先生の腋の下の匂いが嗅ぎたくて…だから俺…俺…。 そうだったの高橋君…。 でも先生今シャワー浴びたばかりだから匂いしないと思うわよ。それでもいい? どうして!どうしてシャワーなんか浴びるんだよ! 腋の下の匂いのしない先生なんて俺誰だか区別つかないよ! ごめんね高橋君。先生これからは一生腋の下洗わない。 だから高橋君も約束して。 一生鼻の穴は洗わないって。 先生…。でも鼻の穴嗅ぐのって大変じゃない? 大丈夫。先生にはとっておきがあるんだから。

おいおいなんだよそのとっておき超気になるじゃねえかよ。 鼻フックぐらいじゃたいしたことないだろうしなあ。 薬品?鼻の穴の匂いを増幅する薬品? か、嗅いでほしい。俺、先生に俺の臭い鼻の穴の匂い嗅ぎ尽くしてほしい! 僕の全てが鼻の匂いとなって先生に吸い込まれたい!

まあこの辺で射精ポイントですわな。 あああ、すげえ文学的な香りが漂ってきた。 今まで事実しか書かなかったのはひょっとしたら才能の浪費だったかもしれんね。 よおし俺もこれから先生ってよばれる物書きになるぞー!


世の中に無駄なことなんてない!

8/11

先日うちの近くのタクシー会社に掲げてある「するなさせるな乗車拒否」という標語について書いたが (参照)、よく見ると他にこんなのもあった。

無理・無駄・ムラなく安全運転

いや…まあ…何と言うか、特に間違っているところがあるとか、よく分からないところがあるというわけではない。

しかしこの標語自体に少なくとも無理と無駄があるような気がしてならない。

無理・無駄・ムラ。

当サイトのことではない。


重要

8/16
ブルセラショップ 使用済み下着 商品は何日ぐらいで

今日の検索キーワードです。季節柄とても重要な情報です。きちんと明記していなかったのはサイト管理人として不徳の至りです。

通常入金が確認された翌日に発送の手配をいたしますので三日ほど見ていただければ十分かと思います。 当ショップではお客様のお手許に商品が届くころに最適な発酵度合となるよう鮮度の管理を徹底しております。 温度湿度ともに完全な管理下での発送となりますので、 お客様におかれましては安心して商品の到着をお待ちいただきとう存じます。


体験学習〜前編〜

8/23

mixiを始めたころ、お友達(mixi用語でマイミクシィといいます)がいないと寂しいのでお友達のお友達、そのまたお友達という風に、 いろいろな人のページをさまようことがしばしばありました。 そこで気付いたのがゲイの人の多さです。

実際に割合として多いのかどうかは分かりませんがそういう印象を受けた、 それはゲイの方のお友達(マイミクシィ)がほとんどゲイの方で占められていることが多いため、 一度ゲイの方のページに行ってしまうと、 お友達のお友達、そのまたお友達と辿っていく限り、 無限ゲイループに嵌ってしまうからです。

私はいわゆるノンケなのですが、ゲイには非常に強い興味を持っております。 しかし残念なことに身近にゲイがいなかったということでゲイの現実というものを知る機会に恵まれませんでした。

今から、私の数少ないそれに類する体験を書いてみようと思いますが、参考までに過去に男色についてはてなダイアリーで書いた考察にリンクを張っておきます。

まず、比較的よくあることかもしれませんが、高校時代に痴漢の被害にあった経験があります。 加害経験の有無については黙秘します。

満員電車の中、男の手が私の股間に置かれていました。 まあたまたまそうなってしまうことはあるだろうぐらいに気に留めていなかったのですが、次第に男の手がもぞもぞと動き始めました。

鈍感な私はそれでもまあ別に気にせず放置していたのですが、それが男を調子に乗らせたのか、ついに男の手がチャックを下ろしにかかりました。

ここに至ってようやく私も事態の逼迫していることに気付きました。 そして初めて悟りました。

「この人痴漢です!」

言えるわけがない。痴漢の被害を訴えることが出来ず泣き寝入りする女性の気持ちが分かった気がしました。

どう対処していいか分からない。私に出来たのは、体を反転させ痴漢をキッと睨みつけることぐらいでした。 今考えればその視線は却って萌えさせた可能性もあったのではないかと思います。

しかし痴漢も痴漢のくせに、あるいは痴漢ゆえに(ここでは男性を狙う痴漢)初心な面もあり、そこで痴漢行為を止めました。 降りる駅が一緒だったのですが気まずそうにしていました。

ここで私が痴漢ゆえに初心と書いたのは逆説的ですがもちろん故あってのことですが、その話はまたもう一つのエピソードを語ってからにしたいと思います。


体験学習〜後編〜

8/24

引き続きゲイ体験レポです。

大学四年のころ、酔狂なことに私は歌舞伎囃子の先生に篠笛と能管を習っていました。 家の近くに大きな公園があるので普段はそこで練習していたのですが、夏は蚊が出るので車を公園の傍に横付けし、車内で練習していました。

一服していると一人の男性が近づいて来、細めに開けたウィンドウからおどおどした様子で話しかけてきました。

「すいません。よかったら少しお話しませんか?
「え…」
「だ、だめですか?」
「え、いや、いいすけど…」
「ちょっと歩きながら話しませんか?」

というわけで私は彼氏と公園の中をしばし歩いた。 初めは年齢だの学生かどうかだの他愛のない話をして過ごした。

彼氏はベンチの前に来ると座って話そうと提案してきた。ここから彼の猛スパートが始まる。

彼氏が言うには手を見せてくれと。普通ならば手相でも観るようなところか。 それまでの流れから言っても急展開への心の準備が出来ていなかった私は気軽に手を差し出した。

なでなでなでなでなで。曰く「きれいな手してますね」

確かに私は比較的きれいな手をしているとよく言われる。しかし彼氏が手をなでなでだけで満足するはずがなかった。 次の発言からはストレート勝負だ。

「モノとか大きいですか?」
「いやぁ、そんなことないと思います(悲)」
「ズボンの上から手ぇ当てて見せてくださいよ」

彼の発言の意図が分かるだろうか。ちんこの横に手を当てちんこをレリーフ状に浮き立たせろとのご指示。21、2の初心な私はそこで席を外したのでした。

私の少ない体験と知人から聞いた被害の話を合わせて言えることは、彼らは性に対して非常に積極的だということ。 私があった人もおどおどしていたり必ずしも強引にことを運ぼうとしているわけではないことから考えても、 まあ当たり前のことだが、こちらの気持ちにも気を遣っていないわけではない。

しかしいかにも性へ性急なのである。男女間なら大抵はもういくつかクッションが入るのではないか。

彼らは異性愛者に比べ、対象者が少ないため、愛が成就した限り面倒な手続きは省こうということだろうか。 手を繋ぐ関係になったらセックスもどうせするじゃんみたいな。

誰かゲイ事情に詳しい人にいろいろ教えてもらいたい。


我が麗しのアルファベット

8/25

先日Vバックなるパンティの存在をTVで知った。Oバックというのも昔から聞いたことがあったが、実は恥ずかしながらどんなものか知らなかった。 一応知らない人の便宜のためグーグルでの検索結果を挙げておく。
Vバック
Oバック

(アルファベット)バックでもっとも有名であろうTバックもそうだが、ファッション性とエロティシズムを兼ね備えた卓越した意匠だと思う。 個人的には実用性を無視したTフロントが好きなのだが。 もしやと思って"Oフロント"で検索をかけてみたがそれらしきものは引っかからなかった。 今後どのようなアルファベットものが現れるのか期待したい。

ふと思い出したのだがエレキギターの一つでフライングVと呼ばれるものがある。まずその写真を見てもらおう。

フライングV画像 ギターのボディがVの字をしていることからついたネイミングだろうが、ネック部を含めてフライングYと呼ぶのが適当ではないかと常々気になっていた。

その不満を解消すべく高校時代、自らデザインしたギターのデッサンが先ごろ発見されたので発表したい。 数々の世間を騒がせる発見・発明を発表してきた当サイトであるが、今回もメーカー各社の実案化を巡る争いは避けられないと思われる。

フライング西城秀樹画像 ネーミングはずばりフライング西城秀樹である。説明するまでもないが氏の「ヤングマン」に於けるYのポーズを図案化したものである。 ヘッドの部分で弦を靴紐に見立てスニーカーを模している。ちなみに腋毛のように見えるのは長髪である。 今気付いたのだがクンニしてるように見えなくもない。

その後様々なフライングものをデザインしてきたがフライングQなどは傑作だったと思う。 Oの内側の部分にピックアップを載せ外側の部分が可動式になってアームになっているというものだ。

今回はビジネスが絡むものでギターを弾かない人にはわかりづらい内容になってしまって申し訳ない。 尚、実案化に当たっては場合によっては 体で払ってもらっても構わない。


格言集

8/27
パンストとは破られるためにある。作者未詳
パンストは破かれることによって平面から立体へ、秩序から混沌へとエントロピーを増大する。 人間が築きあげてきた緻密な理論も破れたパンストの前にはなす術がない。
拘束は破るためにはない。作者未詳
刑務所にいるのでもない限り、拘束を解こうと試みるのは興ざめ以外の何者でもない。 試されているのはロールプレイ能力である。そしてそれは実人生と何が違うのか?
割れ目想う。故にアレ勃つ。デカルト
われめちゃん(まんこの異称)は想うべきものであって見るべきものではない。cf.ブルセラは遠きにありて想うもの。
人を犯さば穴二つ。(異説あり)作者未詳
一度誰かを者にしようとしたからには穴という穴全て制覇すべきである。 極めればそこに穴ならざるはなしとの境地に到るという。穴二つというのは過小表現で珍しいレトリックである。
急がなくば暗算。宗長
イクのを我慢するために男たちは様々なことを試みる。 体位を頻繁に変える。深く挿入したまま腰の動きは高速だが膣壁との摩擦はない。 リズムに変化をつけているんであって別に我慢するためにゆっくり動いてるわけじゃないから、という顔をする。 ペニスを握りグリグリ動かすが本当の目的は根元を抑えて射精を妨げる。等々枚挙に暇がない。 結局どの方法が効果的か、確かな統計的資料はない。鰯の頭も信心。
青天の披瀝作者未詳
青空会場の下、己の変体行為の数々を披瀝する。演説中演壇の陰で手淫するもの、その一方では演壇に隠れて演者のイチモツを舐るもの、隠しカメラからの映像をリアルタイムで動画配信するもの。 優勝者はだれなのか。きっとそれは参加者一人一人の胸にある。
急がば釈由美子。宗長
AV男優の真に尊敬すべき点は射精を監督の指示に従ってコントロール出来る点にある。 我々凡人は様々な条件下で或いは早漏、或いは遅漏。我が息子と言えど叛服常ない。 特にチロウは悲しくなってくるので避けたい。そんな時役立ってくれるのが我らの釈ちゃんだ。 史上最高テレビ番組「A女E女」で松岡圭祐に催眠術をかけられ悶えていたというのは本当だろうか。 と思っていたらなんとWikipediaに載っていた。当時2,3本録画していたはずなのだがなくしてしまった。 今後私が男である限り後を引きそうだ。
目には目を。愛には愛を。ハンムラビ法典
相手の目を奪ったものは目を奪われる。しかし片目なら片目だけ。 それ以上の過剰な仕返しは許されない。愛されたものは愛されたのと同じ分だけ愛してやってもよい。 それ以上に愛しすぎてはいけない。 初代バビロニア王ハンムラビがストーカー被害にあってから制定したものと言われる。
穴があったら広げたい。作者未詳
穴があったからといってただ入れるだけにはもう満足できない。 これってどこまで広がるの?こどもにも持たせたい素直な疑問の心。 いつかそんな子供たちから奇跡のスカルファッカーも輩出されるだろう。
親しき仲にも兄弟の別あり。作者未詳
いくら親しいとはいっても完全な平等というのはありえない。 兄貴がいて弟がいる。美しい秩序の前には統計力学の父ボルツマンも尻を隠す。
イクべきかイカざるべきか、それが問題だと思ってたら出ちゃった。シェークスピア
あまりに日常的な出来事であるため、これが格言集に選ばれたこと自体疑問だ。
二階から聖水作者未詳
二階から降り注ぐ聖水を全て飲み干すことは不可能であろう。しかし我々はその不可能を可能にしようと努力を続けることしか出来ない。 シーシュポスの神話にも似た悲しい物語に見えるかもしれない。しかし我々は本気だ。女王様の聖水を一滴たりともこぼしてなるか。 見ていてください女王様。我々は女王様に女王様の聖水を口で受け取るところをご覧いただいてそれでそれで…あっ。
もっと唾液を!ゲーテ
唾液は万能の薬である。傷口につければたちまち恋に落ち、秘めた想い人のジュースに垂らせば二人は結ばれるという。 況や手コキにおいてをや。

最後に純一君(6歳)からの質問を紹介しよう。

あまりに臭いまんこを舐めると舌がひりひりするってほんとなの?

純一君、そこまでひどいケースはお金を貰っているから臭くないんだよ。


退く勇気

8/30

幸せですかー?

もし幸せじゃないならば、僕には体で慰めてあげることしかできませんがご連絡ください。あ、もちろん福永さんとは違いますから体でっていっても足裏とかじゃないですから。

ま、そんなマジバナはこれぐらいにして冗談を言いますが、幸せってなんですか?ポン酢しょうゆがあること以外で。

切れたジョークが決まったところで本題ですが、今日から毎日更新することにします。 以前もそうい宣言したことがあるのですが、その時はわざとじゃないかと自分でも疑わしくなるほどに額面通り三日坊主でした。

まあ僕もあれから成長しましたし、生え際的な意味でますます坊主に近くなってまいりました。 つまり三日坊主よりただの坊主のが偉いだろってことです。

そして今僕は不幸です。いろいろあって書いた日記が消えてしまったからです。日記書く気失せました。バイナラ。


赤い月

8/31

あれは天明のころと申しますから今からざっと二百二十年ほども前のことになりますな。田沼の時代も終りに近づき浅間山の噴火、東北地方に続いた冷害や多雨、そんなことが原因となったのでございましょう天明の大飢饉というのはみなさんもご存知のこと。当時三千万人ほどいた人口のうち1百四十万人ほどが東北地方を中心になくなったと聞いております。

生きるか死ぬかとなると人間どんなことでもするようになるんですな、普段では想像もつかないような恐ろしいこともままあったことでしょう。語るのも気味が悪うございますが人食い、などということも行われていたようで。

ひどい例になると一家が人肉工場のようになり、うわさを聞きつけた役人が踏み込んでみると大量の人肉を塩漬けにして壷に詰め、壁には三十八もの首がかかっていたとか。

このへんになると多少眉に唾せにゃならんかもしれませんがな、とにもかくにも道端に普通に仏がころがっている、そんな風景だったのかもしれませんな。そんな世相とお心置き下され。

さてお前さんも「入り鉄砲に出女」というのを聞いたことがござろうの。「入鉄砲」というのは江戸に鉄砲が持ち込まれるのを防ぐことで、「出女」というのは参勤交代で人質となっておられる大名の奥方が江戸から出ていくのを監視すること、だそうですな。そんなことで江戸時代は関所が厳重じゃったよと、いうことを表す言葉でもありますの。

しかしみなさんはこんなことを考えたことはありますまいか。いくら関所が厳重でも国境をみ〜んな監視することは出来んじゃろうと。

まあそれは一理ありますな。いつの世にも裏というのはございます、正式な手形を持たぬもので道なき道を通って国ざかいを越えたものも少なからずあったと考えるのが道理でしょうな。

さあではどんなものたちがお上に叛いて国境を越えたとお考えになりますかな?まずだれでも思いつくのが罪人、ですかな。まあ国境を越える自体が犯罪ですからな、確かに罪を逃れようとするあまりさらに罪を重ねる、今も昔も変わらぬ構図、といえましょうな。罪人の心理は古今東西そんなに変わるものではありますまい。

さて意外に思われるかもしれぬがそのように抜け道を通ってゆくものに修験者たちがおりました。ご承知のとおり修験者は山を歩くものでございます。21世紀の現代でも「サンカ」と呼ばれる山の民の存在を信じるもかたがたもおられるとか。山に慣れたそれらのものたちが幕府の目をかいくぐって(まあそいう意識があったか否かは拙僧には量りかねますがな)国境を越えることなど容易かったことでしょう。

そんなものたちが東北の辺鄙な村をたずねたとき、どんなことが起こりうると思われましょうや。信心深いものたちに手厚くもてなされることもなかったとは申しません。じゃがここで思い出してほしいのが先に話した世相よ。いやいや取って食ったとまでは申しませぬ。

それはほれ、最後の最後じゃ。だれも好き好んで人食いなどせぬわ。のう?じゃがの、貧しい農村、みな食っていくだけで精一杯じゃ。そんなものたちがひとを殺めて宝を奪おうと邪心を起こしたとしても拙僧は非難する気持ちにはなれませぬのじゃ。

いやいや仏に仕える身がこのようなことを申してはなりませぬな。お聞き流しくだされ。

そんな修験者たちが宝を持っておるのかと?ご疑念はもっともですな。愚僧の話がまずうございました。確かにそんなものたちが金品を持っておるというのはなんといいますかわれわれ現代人の感覚からはおやっ、と。そんな風に思われますな。しかも殺してまで奪おうとはかなりの大金。修験者といえば俗世を離れこの世の欲からは隔絶したものであろうと。そのものたちがそんな大金をもっているとはどういうことかと。みなさんは思われるじゃろうの。

じゃがの、実際にはなかなか欲からは離れられませんのじゃ。逆にそんな欲が強いからこそわが身につらい修行を課してその欲から離れようとするのかもわかりませぬな。拙僧も仏に仕えてどれだけの春秋を重ねたことか。そのわしが言うんじゃから間違いないわ。こんな枯れたじじいとお思いでしょうがなかなか・・。その昔、久米の仙人が物を洗う女の脛をみて神通力を失って空から落ちたという話もほんに身につまされますな。これも失言かもしれませぬの。なんまいだぶなんまいだぶ。

すこし話が逸れてしまいまいしたな。年を取ると人恋しゅうてつい無駄話が多くなります。

まあ現実的な話をすればいかに修験者とて旅をするには金がかる。 しかも修行の旅じゃからまあ数ヶ月あるいは数年に渡ることもありましょう。地獄の沙汰も金次第。相応の金は持って出た。今の金にして数百万ぐらいの金を杖などに仕込んでおったそうな。特に山あいの他から隔絶した村では修験者など殺したとてばれる気遣いも少ない。

そうそう、言い忘れておりましたがその点でも修験者を狙うというのは賢いことでしてな、一般の手形などを持っている旅人などは身元もはっきりしておる。何かあれば調べもつきやすいということでしてな。修験者やわれわれ雲水などはまあ人であって人でない、そういう意味では殺されても文句の言える立場ではないかもしれませんの。

そんなある修験者がある村である家を訪ねたとお思い下さい。

しゃん、しゃん、しゃん、と手錫杖の音。

『すみませんが一晩、どこか体を休める場所をお貸しいただけませんか。いや修行の身でこのようなことをお頼みするのは筋違い、そのような不心得者に貸す宿はないと追い払われて道理。それをわきまえぬものとは思ってくださいますな。しかし今日はまたことのほか怪しからぬ天気、南国土佐の生まれのこの身にはとても堪えられそうもございません。その上ご覧になりましたか、赤い不思議な月が出ております。風の様子などただならぬ気配、このように見えて恥ずかしながら生来の臆病者、来世への功徳と思ってここは一晩。』

その屋の夫婦も初めは功徳と思って泊めることにしたのかもしれぬ。じゃが狭い屋じゃ、あるじするうちにどこかで修験者の金を目にし、その時はじめて邪心がもたげたのかも知れぬわ。こればっかりはなんとも言えませぬがな、お前さんははどのように推し量られるかの。

果てさて夫婦はその金で商売を始め村の中でも裕福な家となり、待望の子供も生れまずまず幸せといえる暮らしぶりじゃったそうな。ただひとつ、その子供が口をきけなかったことを除いてはな。

村の医者にも見せたが原因はわからぬ、生まれつきじゃろうと、それのみなりけり。あきらめきれぬ夫婦は余裕のできた財産を使って山を下りた町の名医にもみせたがやはり。夫婦は殺した者の祟りかと恐れたが、考えてみれば生れてもちゃんと育たずに死ぬ子供も多い当時、口がきけぬだけで文句を言ってはそれこそばちがあたろう、そもそも口はきけぬがそれ以外は風邪もめったにひかぬ元気な子、気立ても優しく素直な良い子じゃないか。と思い直し、それからは次第に自分たちの犯した罪に苛まれることもなくなっていった。いやむしろ「あれは現実のことだったのだろうか、もしかしてあの修験者は神様で、貧しい私たちに恵みをたれにやってきたのではないか、殺しは課された試練だったのではないか、考えてみればあの修験者はどこか人間離れしたところがあったし、そうだ、その証拠にそれまで何年も子供が出来ずにあきらめかけていたのに、あの直後にかかあは孕んだのではなかったか、神様、神様ありがとうございますだ。」

背負いきれない罪を犯した者の心理とはこのようなものでございましょうか・・・。

ところでお前さんも子供の頃、田舎に行って便所が母屋とは離れたところに立っていて、夜中怖い思いをして用を足した経験はござらんかな。そうですか、ございませんか、私のころはそれが普通でしたがの。長く生きておりますと世の中も変わりますの。最近ではうちの寺の便所もなんというんですか、ウォシュレットというんでしたかな、どうもあれはくすぐったい気がしてなんとも。

いや失礼、ここからが本番なのですがな、拙僧もあまり重い気持ちで話したくはございませんでな、つい軽口をはさんでしまいましたわ。

まあその家もそんな風だったと。ある晩その頃はもう四、五歳ほどにもなっておりましたでしょう子供が便所に連れていってほしい様子じゃ。近頃になくその日は寒く、風の戸をたたく音もかまびすしい。嫌な天気よと昼間から思っていたが、夜になるとなんだか妖気まで漂ってくるようじゃ。かといって幼い子供に我慢を強いるわけにもいくまい、どれ坊や行こうか。と子供を背負って外に出た。

いや寒い、しかもなんて風だ。それよりなによりこの妖気はどこから来るんだろう。さっさと用をたすべい。と、ふと空を見上げると今にも一雨来そうな様子の雲の切れ間からぼうっと覗いた赤い月。はてな、どこかで見たような、さては先ほど来の妖気はこいつのせいか。くわばらくわばら。

その時背中からうめき声のような男の声。こんな晩に誰がいるとも思われぬ。そもそも声がしたのはもうすぐ背中、背負ったおしの我が子としか思われぬ。しかし子供は今までうんともすんとも言ったことはないし、なにより聞こえたのは明らかに大人と思われる地の底から響くような低い声。思わず背中の子供の顔を見た。いつもは愛らしい我が子の顔から表情というものが消えている。能面のような顔をした子供の口が動き声を発した。

『こんな赤い月が出ておったわ。おまえがわしを殺したあの夜も。』

便所にしては長すぎる。どうも様子がおかしいと感じた妻は外に出、便所の中を覗いたが誰もおらぬ。あたりには人っ子一人いないわ。近所のものを起こして探してもらったがついに二人は見つからなかったそうな。

翌日、明るくなってから見ると、便所の傍らに手錫杖からはずれたと思しき輪が一つ、落ちていたと、聞き伝えております。


トップへ 戻る
[PR]今流行りの携帯ゲームは?:完全無料でずっと遊び放題だよ